足尾銅山





そこにはもう、錆だらけで佇んでいた精錬所の姿は無い。
亜硫酸ガスを撒き散らしていた大煙突だけがシンボルになってしまった。
在りし日の精錬所跡については、別の記事を投稿することにする。








本山鉱山神社への参道はひぐらしの大合唱。
この場所は何時訪れても、凛とした空気をまとっている。











参道の途中で橋が落ちたままになっており、社殿に辿り着けず。
迂回路は幾らでも有りそうだが、日が傾きかけていたので山を越えて小滝地区へ。








小滝坑跡から旧小滝橋を望む。
明治20年に開削された銅山便道・小滝路に、大正15年架設された。







庚申川の静かな流れと、無骨なトラス構造のコントラスト。








再び山を越え本山側へ。
わたらせ渓谷鉄道の終点、間藤駅から足尾本山駅までの間は廃線となっている。
幾つかのトンネルを経て、足尾銅山精錬所敷地内へと鉄路が続く。








通りがかりの老紳士と挨拶を交わし、少し立ち話をする。
この辺りの風景を題材に絵を描かれている方であった。
いくつか見せて頂けた絵は、
やわらかい独特のタッチだったと記憶している。

「昔はもっと自由に何処でも入れたのにね」

そう寂しそうに呟く老人の背後には、
立ち入り禁止を示す鉄条網が掛けられていた。








旅の締めくくりは、少し離れた場所にある社宅跡へ。








ブレーカーが陶器で出来ていた。




 
 
 
 
誰かの家の軒先。
腰掛け、当時の誰かが見た風景を想像する。

公害問題に翻弄されながらも、高度成長期に輝く足尾の山が見えた気がした。








もうここには誰も戻らない。





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